伊達政宗の子孫は?二代忠宗と三代綱宗に霊屋のいまも調査!

独眼竜の名前で知られる伊達政宗さん。戦国の武将のなかでも、人気は特に高いほうですよね!

では、そのあとの伊達家はどうなったのか。二代目、三代目まで名前が言える方は、ぐっと少なくなります。

調べてみたら、仙台にある瑞鳳殿という場所に、政宗さんと二代目、三代目の3人が並んで眠っていました。しかも、その建物は一度すべて焼けています

そこで今回は、政宗さんと、そのあとを継いだ2人の藩主のこと、それに3人が眠っている場所のことまで、順番にお伝えしていきます♪

この記事でわかること
・政宗は18歳で家督を継いだ
・二代は忠宗、三代は綱宗
・3人の霊屋は仙台の同じ丘にある
・3棟とも1945年の空襲で焼けた
・1985年までに建て直された

目次

伊達政宗はどんな人?18歳で家督を継ぎ、70年の生涯

政宗さんが生まれたのは1567年、永禄10年のことでした。生まれた場所は出羽国、いまの山形県の南東のあたりです。

18歳で家督を継いでいます。ずいぶん早いですよね。

1601年には仙台城を築き、仙台藩62万石の基礎をつくりました。そして1636年、寛永13年に70年の生涯を閉じています。

伊達政宗
1567年(永禄10年) 出羽国に誕生
18歳 家督を相続
1601年 仙台城を築く/仙台藩62万石の基礎
1636年(寛永13年) 70年の生涯を閉じる
1637年11月24日 経ヶ峯に瑞鳳殿

亡くなった翌年の1637年11月24日、経ヶ峯という丘に瑞鳳殿が建てられました。ここが政宗さんの霊屋です。

跡を継いだのは?二代・伊達忠宗

政宗さんのあとは、誰が継いだの?

二代目の伊達忠宗さんです。38歳での相続でした。

跡を継いだのは、二代目の伊達忠宗さんです。

生まれた年は慶長4年、西暦でいうと1599年です。そして生まれた場所が、なんと大阪城下でした。仙台ではないところが、ちょっと意外ですよね。

父の政宗さんが亡くなった寛永13年に、38歳で家督を継いでいます。政宗さんが18歳で継いだのと比べると、ちょうど20年 遅い継ぎ方でした。

瑞鳳殿の公式サイトには、忠宗さんについて「文治主義により藩政を確立し、仙台城二ノ丸の構築や寺社造営」と書かれています。戦ではなく、整える側の仕事です。

亡くなったのは万治元年、1658年の7月12日。仙台城で60年の生涯を閉じました。

三代・伊達綱宗は在職2年で隠居——そのあとが長い

三代目は、伊達綱宗さんです。

生まれたのは寛永17年、1640年のことで、場所は仙台城の二ノ丸でした。父の忠宗さんが整えた建物で生まれたことになるので、ここは親子でつながっている話ですね。

父が亡くなった万治元年に、19歳で仙台藩62万石を継いでいます。ところが在職はたった2年で、そこから隠居しています。

ここからが面白いところです。綱宗さんは隠居のあと、和歌や書画、能や茶道に打ち込みました。絵は狩野探幽に学んでいます。

亡くなったのは正徳元年、1711年の6月4日。品川の屋敷で72年の生涯を閉じました。藩主だった期間の何十倍も長い、隠居のあとの時間です。

綱宗さんの話でもうひとつ気になるのは、19歳で継いで21歳で隠居している、という時間の短さです。何があったのかは、引いた出典には書かれていませんでした。

3人が眠る場所は同じ丘——瑞鳳殿・感仙殿・善応殿

この3人の霊屋は、どれも仙台の同じ丘にあります。

経ヶ峯の3つの霊屋
瑞鳳殿 伊達政宗(1637年)
感仙殿 二代・伊達忠宗(1664年・四代 綱村が造営)
善応殿 三代・伊達綱宗(1716年・五代の代に完成)

感仙殿が建てられたのは1664年で、建てたのは四代目の綱村さんでした。善応殿のほうは1716年、五代目の代に完成しています。

自分の父や祖父の霊屋を、次の代が建てていく。この積み重ね方は、言われてみると独特ですよね。

3棟とも1945年に焼けた——建て直しに40年

3棟とも、一度 失われています。

瑞鳳殿と感仙殿は1931年に国宝に指定されました。ところが1945年の空襲で焼けています。善応殿も同じ年に失われました。

いま建っているのは、そのあとに建て直されたものです。3棟とも1985年までに再建されています。

国宝が焼けて、40年かけて建て直された。仙台の街の戦後が、そのまま重なっている場所でもあります。

焼けた建物を建て直すかどうかは、そのたびに誰かが決めたことです。40年のあいだに、決めた人も建てた人も入れ替わっているはずで、そう考えると、いま建っているものの重さが少し変わって見えます。

伊達政宗の子孫は現在いる?

現在のご子孫については、この記事では書いていません。

引いた出典に書かれていないからです。ご存命の方については、ご本人が公にしているぶんを超えて並べないことにしています。

まとめ

伊達政宗と、そのあとの2人
・政宗は1567年生まれ。18歳で家督を継ぎ、1636年に70年の生涯
・二代は忠宗(1599〜1658)、三代は綱宗(1640〜1711)
・綱宗は19歳で継ぎ、在職2年で隠居。そのあと文化に打ち込んだ
・3人の霊屋は仙台の経ヶ峯に並んでいる
・3棟とも1945年に焼け、1985年までに建て直された

三代目の綱宗さんが、藩主だった2年よりも隠居のあとのほうがずっと長く、そこで文化の人になっていた。ここが個人的にはいちばん面白かったところです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました♪

出典

コメント

コメントする

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

目次