眼科医であり、白内障手術のスペシャリストとして知られる赤星隆幸先生!
めちゃくちゃ有名な方で、日本人初の快挙を成し遂げている方でもあるんですよね。
そこで今回の記事では、眼科医・白内障執刀医の赤星隆幸先生についてプロフィール経歴・学歴について詳しくお届けしていきます♪
この記事でわかる事
・赤星隆幸医師(眼科)の年齢プロフィール
・赤星隆幸医師(眼科)の経歴
・赤星隆幸医師(眼科)の学歴について
赤星隆幸医師(眼科)の年齢プロフィールと経歴
・プロフィール・
名前:赤星隆幸
読み方:あかほし・たかゆき
出身地:神奈川県横須賀市
誕生日:1957年1月生まれ
年齢:69歳
(2026年時点)
血液型:非公開
身長:非公開
趣味・特技:不明
職業:医師
専門:眼科
所属病院:日本橋白内障クリニック
ー経歴ー
1982年3月に大学を卒業。
1982年:自治医科大学眼科学教室 研究員
1986年:東京大学医学部附属病院 眼科医員
1989年:東京女子医科大学糖尿病センター眼科助手
1990年:武蔵野赤十字病院眼科 勤務
1991年:三井記念病院眼科 科長
1992年:三井記念病院眼科 部長
2000年:復旦大学(旧上海医科大学) 眼科客員教授
2006年:米国イリノイ大学 眼科客員教授
2019年:マレーシアKebangsaan大学 客員教授
赤星隆幸先生は、1992年に誰でも簡単に安心して白内障の手術を行なえる「フェイコ・プレチョップ法」を生み出します!
そして3年後の1995年にはオリジナル手術器具プレチョッパーを開発。
特許申請はせずに、世界中のどんな医師でも患者さんに負担の少ない質の高い手術を行なえるようにと術式と器具の普及に努めたんです。
そんな功績が認められて、2017年には日本人初の快挙を成し遂げます!
(※ケルマン賞とは、白内障治療で国際的に貢献した眼科医として顕彰される賞のこと。)
赤星隆幸先生は、世界68カ国で手術法や技術を教えています♪
秋葉原白内障クリニックで勤務していましたが、2024年8月末日で退職。
2026年現在は、自身の「日本橋白内障クリニック」を開院し、白内障執刀医として勤務しています!
秋葉原白内障クリニックを退職した時には、
「退職理由」や「病気」の噂が流れたほど!
ご自身の病院を設立するためだったんですね♪
赤星隆幸医師(眼科)の学歴
【出身高校】
横須賀高校
【出身大学】
自治医科大学
赤星隆幸先生の出身高校は、地元・神奈川県横須賀市にある「県立横須賀高校」です!
2026年現在の偏差値は66となっていて、県内有数の進学校の一つ。
SSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校でもあって、高い進学実績と自由な校風が特徴です^^
そして高校卒業後は、「自治医科大学」に進学しています!
自治医科大学では医学部医学科を1982年3月に卒業。
偏差値は67.5となっています。
その理由は、日本全国の各都道府県から2〜3名を選抜するという定員規定があることから。
なので、毎年の倍率が「約16倍」になるほどなんですよね。
赤星隆幸先生は、受験時に出身地の神奈川県選抜の2〜3名の中に入ったってことなので相当優秀だったことがわかっています!
住所
〒329-0431
栃木県下野市薬師寺
地図
まとめ
赤星隆幸医師の年齢プロフィール経歴と学歴まとめ
【年齢プロフィール】
名前:赤星隆幸
読み方:あかほし・たかゆき
出身地:神奈川県横須賀市
誕生日:1957年1月生まれ
年齢:69歳
(2026年時点)
血液型:非公開
身長:非公開
趣味・特技:不明
職業:医師
専門:眼科
所属病院:日本橋白内障クリニック
【経歴】
1982年:自治医科大学 卒業
1982年:自治医科大学眼科学教室 研究員
1986年:東京大学医学部附属病院 眼科医員
1989年:東京女子医科大学糖尿病センター眼科助手
1990年:武蔵野赤十字病院眼科 勤務
1991年:三井記念病院眼科 科長
1992年:三井記念病院眼科 部長
1992年:フェイコ・プレチョップ法を生み出す
1995年:オリジナル手術器具プレチョッパーを開発
2000年:復旦大学(旧上海医科大学) 眼科客員教授
2006年:米国イリノイ大学 眼科客員教授
2017年:ケルマン賞を日本人初受賞
2019年:マレーシアKebangsaan大学 客員教授
2024年まで秋葉原白内障クリニックに勤務
2026年現在は日本橋白内障クリニックを開院
(※院長として勤務)
【学歴】
出身高校
県立横須賀高校
出身大学
自治医科大学医学部
最後までご覧いただき、ありがとうございました!

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