現代芸術家の森村泰昌さんといえば、ダヴィンチの「モナリザ」やフェルメール「真珠の耳飾りの少女」の扮装をして名画になりきる写真のシリーズが有名ですよね!
見たことあるっていう方もいると思いますが、初めて知ったっていう方も多いかもしれません。
そこで今回の記事では、現代芸術家の森村泰昌さんについて結婚した妻や子供に、実家、そして経歴プロフィールや学歴といった情報をまとめてお伝えしていきます!
この記事でわかること
・森村泰昌の実家
・森村泰昌の経歴プロフィールと学歴
森村泰昌の実家
森村泰昌さんの実家は「お茶屋」でした!
・大阪で自営業
・父方の実家から暖簾分け
日本全国のお茶どころから茶葉を仕入れて、森村泰昌さんの父親がブレンド。
袋に分けて小売する、お茶屋さんを営んでいたことを公表しています。
もともと父親の実家の家業が「お茶屋」だったとのこと。
結婚後に、父親が実家の家業から暖簾分けしてもらって大阪でお茶屋さんを営んでいました。
実家では1階が店舗と作業場、そして2階が住居スペースだったそうです^^
小売がメインだったようですが、他にも市場への卸業、工場や会社への配達もしていたとのこと!
森村泰昌さんが高校生の頃あたりからスーパーができたりして、実家の経営も難しくなっていったそうです。
2026年現在は実家の家業は廃業しています。
森村泰昌の経歴プロフィールと学歴
【プロフィール】
名前:森村泰昌
読み方:もりむら・やすまさ
出身地:大阪府大阪市
誕生日:1951年生まれ
年齢:75歳
(2026年時点)
身長:非公開
血液型:非公開
趣味・特技:芸術
学歴:京都市立芸術大学大学院
職業:現代芸術家
*主な受賞歴*
2002年:東川賞国内作家賞
2003年:織部賞
2007年:京都府文化賞功労賞
2008年:芸術選奨文部科学大臣賞
2011年:毎日芸術賞
2011年:日本写真協会賞作家賞
2011年:京都美術文化賞
2011年:紫綬褒章
【経歴】
京都市立芸術大学を卒業した後に、松下電工に1975年に就職。
ですが!
松下電工での研修期間の3日目で脱走し、そのまま退職しています。
そして京都市立芸術大学大学院に入学し、写真科でスキルを学び始めます。
大学院修了後は、高校や短期大学などの非常勤講師をしながら、写真家のアーネスト・サトウさんに弟子入り!
研鑽を積み、34歳の時に「包帯をしてパイプをくわえた自画像」のゴッホの顔を自分の顔写真にして発表。
この時に、現在の自らが名画や有名写真の中にはいるという定番のスタイルが確立されました。
1988年には、ベネチア・ビエンナーレのアペルト部門に出品していて、世界的にも高評価をされています!
現在は現代芸術家をしながら、大阪大学の特任教授としても活躍中です^^
【学歴】
出身大学:京都市立芸術大学
出身大学院:京都市立芸術大学大学院
「京都市立芸術大学」は、日本最古の芸術学校と言われています!
住所
〒600-8601
京都府京都市下京区下之町57-1
地図
まとめ
「森村泰昌の結婚した妻や子供は?実家に経歴プロフィールと学歴を調査!」まとめ
【森村泰昌の実家は?】
実家の家業はお茶屋さんだった!
・大阪府内で経営していた
・父方の家業の暖簾分けだった
・現在はすでに廃業
1階が店舗と作業場で、
2階が住居スペースだったとのこと。
※森村泰昌さんが、お茶(緑茶)関連の
仕事をしているのは実家の関係。
【森村泰昌のプロフィール】
名前:森村泰昌
読み方:もりむら・やすまさ
出身地:大阪府大阪市
誕生日:1951年生まれ
年齢:75歳
(2026年時点)
身長:非公開
血液型:非公開
趣味・特技:芸術
学歴:京都市立芸術大学大学院
職業:現代芸術家
*主な受賞歴*
2002年:東川賞国内作家賞
2003年:織部賞
2007年:京都府文化賞功労賞
2008年:芸術選奨文部科学大臣賞
2011年:毎日芸術賞
2011年:日本写真協会賞作家賞
2011年:京都美術文化賞
2011年:紫綬褒章
【森村泰昌の経歴】
大学卒業後、1975年に松下電工に就職するも
研修期間の3日目で脱走し、そのまま退職。
その後、大学院に入り、写真科で学ぶ。
大学院修了後は、高校や大学で非常勤講師をしながら
写真家のアーネスト・サトウさんに弟子入り。
研鑽を積み、
34歳の時に「包帯をしてパイプをくわえた自画像」の
ゴッホの顔を自分の顔写真にして発表!
現在のスタイルをこの頃に確立する。
1988年にはベネチア・ビエンナーレの
アペルト部門に出品し世界的にも評価を受ける。
現在は現代芸術家の他、大阪大学で特任教授として活躍中!
【森村泰昌の学歴】
出身大学:京都市立芸術大学
出身大学院:京都私立大学大学院
※日本最古の芸術系大学です。
最後までご覧いただき、ありがとうございました!

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